<< 米軍ハウスの頃 眠れない夜 >>

高円寺

N大のYが芝居をやるというので、久しぶりに阿佐ヶ谷の駅を降りた。このあたりの線路沿いは再開発のしようもない。こういう狭い道と小さな店舗のある街は活気がある。若い奴らが参入しやすい手頃な広さなので、個性的な店が集まる。そういう場所には人も集まる。
ずいぶんと久しぶりのYは、俺の顔をみると「まだ生きてたの。早く死んじゃえば。」と、とびついた。相変わらずだ。そうかんたんに、くたばってたまるか。よかったよ、(芝居の)言葉、たくさんあるじゃん。ありきたりの狭い世界観なんていらないよ。混沌を怖れ、何かありそうな思わせぶりなフリをしているが、何もない奴らばかりだ。言葉が溢れ出せば、それでいいんだ。

高円寺で飲んでいたのは、30歳前後の数年間だけだ。阿佐ヶ谷には時々、終電も終わった夜更けに、歩いて流れた。酒は強い方ではないが、あの頃だけは飲めた。ブコウスキーのいう熱狂の中にいたからだろうか。どの店も満員だった。
ある日の午後、仕事に向う中央線が高円寺駅に停まると、「高円寺一安い店」という看板が目に入った。仕事に行く気がせず、さぼって飲みに行った。首になったところで、仕事はいくらでもあった。

その店は、入口から人がやっと通れる位の10席くらいのカウンターと、奥の小部屋は四方の壁沿いに20数席位の広さだった様に思う。その奥の満員の席で、初めての奴らとしこたま飲んだ。全員で大騒ぎになった。日本酒やワインの一杯が100円だったので、一升飲んでも1000円だ。仕事が終わった夜10時過ぎ頃から、毎日のように飲みに行くようになった。店が閉まると別の店に流れ、朝まで飲んだ。どの店もいつも満員だった。店の前のビールケースに座って飲んだ。それでも飲みたらない時は、駅前の屋台で飲んだ。横を通勤客が急ぎ足で通り過ぎて行った。

ライブハウスや雑貨屋や古着屋の連中、劇団やバンドの連中、漫画家に画家、何もせず夢ばかり語っている奴ら、いろんな面白い奴らがいて、いつも面白い事が起こった。隣で飲んでいた奴が頭から血を流していた事もある。その隣の奴にいきなりビール瓶で殴られたのだ。飲み屋のマスターも救急車に乗っていったので、俺がカウンターの中でコロッケを揚げた。つまみも100円だったので、もちろん冷凍だ。若い奴らは開店祝いの生花をばらまき、コインランドリーでパンツを投げ、駅前の噴水に飛び込んだ。巡回中の警官も、戻って来た客も、店のオーナーも許してくれた。今では考えられないが、あの頃は、たいていの事は笑ってすんだんだ。笑い合えたんだ。

店を変えるための移動中、ずっと先を歩いていた連中の一人が駅前の自転車を倒した事がある。近くのビルから地回りのやくざが飛び出して来て、乱闘になった。そこにいた全員がパトカーで警察署に運ばれた。こっちは止めようとしていたのだが、警察署で延々と待たされて酔いもさめた。帰りはパトカーで警官と一緒に笑い合っていたけどね。店の前で包丁を振り回した奴がいた。交番に殴り込んだ奴もいた。目を覚ますと早朝の商店街にうつぶせに倒れていた事もあった。顔をあげると遠くで別の誰かが倒れていた。毎日が馬鹿騒ぎだった。

飲み屋の花見は井の頭公園でやった。昼間みる連中は皆大人しく、ラジオで競馬中継などを聞きながらチビチビとやっている。しかし日が暮れる頃には木に登り、池に飛び込む奴がいた。知らない連中と歌をうたい、寺山修司や唐十郎や野田秀樹などのテキトーな台詞を叫んだりした。野外ステージにそこらで飲んでいる若い奴らをひっぱりあげ、ダンスをさせた。それからラッパ飲みの一升瓶を何本も回し飲みしたものだ。気がつけば泥水の中に倒れている奴らもいたが、ほって帰った。警察のトラ箱の中で目を覚ます奴らもいた。今なら、ワイドショーの恰好のネタだ。

ブコウスキーのいうように、確かにそんな頃があったんだ。今は、持つものは失う事を怖れ、持たないものは絶望し、皆、ビクビクしながら生きている。飼いならされた、外にも行けない臆病な猫だ。そんな中からやりきれない事件が起きる。政治は腐り、テレビをつければ気が滅入る事ばかりだ。生きて行く事は楽しい事ばかりではない。悩んだり苦しんだりする事の方が多かったりする。たまに近所のSのバーに行くと、何をやってもうまくいかない男たちと、何をやっても満たされない女たちが、つまらなそうに酒を飲んでいる。話す言葉もない。自分の殻に閉じこもり、他の誰かや、この社会の事を考える想像力もない。人生は面白い、人生は素晴らしいという言葉は、もうどこにもない。

それでも、生きている事は、そんなに悪くはない。どんな時代だって、思い通りになるような事なんか、ほとんどないんだ。自分だって金や仕事や人間関係や健康やどうにもならない事ばかりかかえているのに、皆が他の誰かのために駆けずり回ったり、心配したり、オロオロしたりしてたんだ。本気で怒鳴り合い、殴り合っていたんだ。自分の心配ばかりするな。コソコソするな。相手にどう思われるか、どうなるか、結果ばかりを気にして、曖昧で皮肉な事ばかりを言うな。こんなくそったれの社会にしてしまった責任の一旦はお前にもある、そう思うかもしれない。確かにそうだ。でも、誰もが変えようと思えば変るんだ。
[PR]
by nakagami2007 | 2009-06-17 15:32
<< 米軍ハウスの頃 眠れない夜 >>