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「桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。」
これは冒頭の一節があまりにも有名な、梶井基次郎の「桜の樹の下には」からの抜粋だ。

「…大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景などとは誰も思いませんでした。…桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、能にも、さる母親が愛児を人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の花の満開の林の下へ来かかり見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまうという話もあり、桜の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。」
こちらは坂口安吾の「桜の森の満開の下」。桜といえば不安や狂気、「ものぐるい」をおもう。

花見の季節になった。花見と云えば落語の「長屋の花見」のように、江戸庶民の無礼講のイメージが一般的だ。飛鳥山で酒宴をし、紅白の垂幕の陰でよからぬ事をしていたなどともあるのだから、今の自由な乱痴気騒ぎの原点はここにある。これは春を待つ農耕文化の「ハレ」だ。

桜には「美しく咲き、潔く散る」武家社会以降の軍隊のイメージもつきまとう。それ以前は桜に感じるものは「もののあはれ」だった。「あはれ」が武家社会では「あっぱれ」に変ったという。人の心性の出方はその社会によってまったく変ってくるが、しかし根底にあるものは変えようもない。

桜の樹の下では、人が人である事による、永遠に埋める事の出来ない喪失や欠落、決して振り払う事のできない虚無に気付かされしまう。得体のしれない不安や内なる狂気が蠢きだす。だからこそ桜の樹の下で一杯やっていると、この世のものでない夢うつつの陶然の世界を遊ぶ事もまたできるのだ。

桜を眺めれば、思い浮かぶのは西行の短歌だ。「山家集」を開いてみた。
「吉野山梢の花を見し日より心は身にも添わずなりにき」
「あくがるる心はさても山桜ちりなむ後や身にかへるべき」
「花みればそのいわれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける」
「花ちらで月はくもらぬ世なりせば物を思はぬわが身ならまし」
「花にそむ心のいかで残りけむ捨てはててきと思ふわが身に」
「ねがわくは花の下にて春死なんそのきさらぎのもち月の頃」
「わび人の涙に似たる桜かな風身にしめばまづこぼれつつ」
「春風の花をちらすと見る夢は覚めても胸のさわぐなりけり」
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by nakagami2007 | 2009-03-25 19:29

太宰治

中央線の荻窪あたりから西武線の石神井公園に向うバスに乗ると、終点の駅の少し手前で「石神井公園前」のバス停に着く。バス停を降りると、すぐその前に石神井池のボート乗り場と売店がある。細長い池沿いを歩いて行き、別のバス停のある車道を越えると「三宝寺池」だ。そのすぐ横に寂れた売店がある。入っていくと奥は思いのほか広く、2面を開けっ放しにした海の家のような広い座敷があり、たいていはそう客もいない。ここに来ると缶ビールにソーセージ、ワンカップにおでんでのんびりと一服する事になる。

しかし近年では座敷が禁煙になり、隅にあるテーブル席か池沿いのベンチで一杯やるようになった。ぼんやりと池を眺めながら、ワンカップを飲む。檀一雄が「石神井公園の茶店の縁台の上で、酒を飲みながら、太宰が云った」と書いた茶店はここの事なのだろうか。「人間失格」の題材になった妻の姦通があった頃だ。太宰治は「檀君、男は女じゃねえや」と云い、云いながら大笑になった。池の淵に佇みながら笑っている太宰の姿が眼に浮かび、またワンカップの酒をグビッとやる。

「論理は、所詮、論理への愛である。金と女。論理ははにかみ、そそくさと歩み去る。」
「学問とは、虚栄の別名である。人間が人間でなくなろうとする努力である。」
「小説を読んで襟を正すなんて、狂人の所作である。」
「僕は友人のこころからたのしそうな笑顔をみたいばかりに、一篇の小説、わざとしくじって、下手くそに書いて、尻餅ついて頭かきかき逃げて行く。」
「所詮階級闘争の本質は… 自分たちの幸福のために、相手を倒す事だ。殺す事だ。」
「人から尊敬されようと思わぬ人たちと遊びたい。」
「とにかくね、生きているのだからね、インチキをやっているのに違いないのさ。」
「(ローザルクセンブルクを経済学として読むとつまらない。興奮を覚えるのは…)何の躊躇も無く、片端から旧来の思想を破壊して行くがむしゃらな勇気である。」
「人間は恋と革命のために生れて来たのだ。」
「人間は、みな、同じものだ。… この言葉は、実に猥せつで、不気味で、ひとは互いにおびえ、あらゆる思想が姦せられ、努力は嘲笑せられ、幸福は否定せられ、美貌はけがされ、光栄は引きずりおろされ、所詮[世紀の不安]は、この不思議な一語からはっしている… 。」
「このひとの放埒には苦悩が無い。」

これらは「斜陽」にでてくる言葉だ。太宰治の本を数十年ぶりに開いてみた。中学生になった頃、太宰を読んだ。そして小さなノートに気に入った太宰の言葉を書き写して、ポケットに入れて持ち歩いた。文学や古典の多くは当時、たくさんの読者を持ち、その後も読み継がれたエンターテイメントだ。太宰の小説にでてくる登場人物のキャラクターも際立っている。もっと太宰の話をしたかったのだが、読んでいるうちにどうでもよくなった。

太宰を読んでいた頃から数年後、新宿のジャズ喫茶で出会った女生徒に、2冊の文庫本をもらった事がある。「これはあなた」といって渡された本の表紙を見ると、ラクルテルの「反逆児」とあった。「これがわたし」といって渡された本は、宇野千代の「色ざんげ」だった。
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by nakagami2007 | 2009-03-12 14:49

さよなら写真

光と闇が溶け合い、暗いグレーの中に世界はある。そこでは街も人も花も、あらゆる事象が時間と言葉から解放されている。この世界を縛っていた色は消え、音も意味をなさなくなる。人工楽園の夢、近代都市が見た夢はいつも眩い光と色彩の中にあった。しかし私の眼に映っていたのはいつも、瓦礫の廃墟へと変貌した白黒の世界だった。そこは世俗と常識の世界からの避難場所だったのだろう。しかし四角く切り取られたモノクロームの世界もまた、意味から逃れる事はできないのだ。

ザンダーやブレッソン、細江英公や東松照明など、いろいろな写真家の有名な作品を目にすることはそれまでにもたくさんあった。それが実際にカメラを持つ事への興味に変ったのは、1970年代の初めに出版された2冊の写真集からだった。森山大道の「写真よさようなら」と中平卓馬の「来たるべき言葉のために」だ。この2冊が写真を撮ってみたいという思いを生んだ。しかしその頃はカメラを買うような事はできず、カメラマンの友人であるT君からニコンのFMを譲ってもらったのは、それから10数年もたってからだ。その後ミノルタのαやニコンのF3も使う様になり、T君から引き伸し機も譲ってもらった。仕事が終わった後、店の台所で印画紙に浮かび上がってくるモノクロームの世界を眺めていると、時の経つのを忘れた。

カメラを持ち歩くと、街や人やその影も、枯れ木や石や苔も、何でもない物が魅力的な事象に変容していく。その内、その事に縛られて歩く事やカメラの重量に疲れてしまった。すべてのカメラを処分してコンタックスのG1に変えた。小型軽量の上、レンジファインダーなのでレンズを使わないピンホール写真も簡単に撮る事ができる。歩き疲れて腰をおろしている時、レンズをはずしたカメラを適当に置いてシャッターを切りっ放しにした。世界が溶けていった。

それからあっという間にフイルムカメラは姿を消していき、デジタルカメラで撮った写真をさまざまに加工できるようになった。デジタルカメラにあるのは加工する愉しみで、写真を撮る愉しみではない。実際に写真に撮らなくとも、その時眼に映っていた世界、幻想の写真は別の物に変ってしまった。そして写真を撮る事に、急速に興味を失くしていったのだった。さよなら写真。

*店を開けると、Iさんが顔をだした。それから成瀬巳喜男や溝口健二や小津安二郎や…映画の話を延々としていた。こんな時は酒が飲みたくなる。村上春樹が「ジャズ喫茶のマスターをやっていた頃に一生分の会話をした。今は話したい人とだけ話したい。」というような事を言っていた。今も現役で店をやっている身としては、探している本の話や処分したい品の話は大歓迎だ。つい先日、まだ若い女性客に「アラン・シリトーはありませんか」と尋ねられた。確かあったはずと二人で探していると、代表作だが「長距離走者の孤独」と「土曜の夜と日曜の朝」がでてきた。久しぶりの古本屋らしい会話がうれしかった。

しかし当たり障りのない世間話や興味のない噂話はつらい。飲み屋で、何人かで和気あいあいと話さなくてはいけない席はいたたまれない。寺山修司の映画「書を捨てよ町へ出よう」の冒頭シーン、佐々木英明が「あんたら、そんな所に座ってたって何も起こらないよ」と客席に向って言う場面がいつも頭に浮かぶ。そんな事を本当に言ってしまう子供の自分がいるので、飲み屋から足が遠のく。本当に話したい事を話したい。
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by nakagami2007 | 2009-03-05 22:07