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老年期

変な夢をみた。街角に佇んでいた私は、ふと自分がもう死んでいる事に気付いたのだ。しかし世界は変わらずに在る。私は私に触れる事ができる。変わらずに事物を認識できる。が、誰も私を認識する事はないのだ。歩いていると懐かしい知人に出会った。彼は何日か前に死んだという。私は生前に他の死者に出会った事はない。どうやらその人と面識があり、どこかに会いたいという感情が残っていれば生死に関わらず、認識できるのではないかと思えた。

私は彼と共通の友人であるイラストレーターのHに会ってみる事にした。わかってくれるのだろうかと不安に思いながら、ゆっくりと仕事場である事務所の扉をあけた。ちょうど電話中だった彼女は、振り返って私をみると、笑顔で受話器を手渡してくれた。電話の相手はさっきの知人で、ビルの窓から通りを見下ろすと、こちらへ手を振りながら電話をしている彼の姿がみえた。

生きていても孤独や疎外を感じている人は多いだろう。たいていは自分がどう思われているのかわからずに生きている。死後に新しい関係が生まれる事はないのだから、もし今までに出会った誰一人気付いてくれなければ、この状態がいつまで続くのかはわからないが、死んでいるのに永遠の孤独を生きる事になる。幸いな事に何人かのわかってくれる人たちに会えた。

私は変わらずに世界を認識できる。普通に事物を、時間を感じる事ができる。そこで私をわかってくれた友人の一人が植物の栽培をしているので、仕事をさせてもらう事にした。金銭を得る必要はないので、何の問題もなかった。ただ単純に、木々や草花の生長や変化を楽しむ時間になった。仕事が終われば遅くまで開いている図書館に行き、本を読んだ。私欲や虚栄のためでなく、自身の知的好奇心を満たすためだけの幸福な時間だった。

私を認識できない人たちには私が動かしている花や本もまた認識できないのは奇妙だが、愉快な事だった。この社会は変わらずにあるが、何にも誰にもわずらわされる事はない。話したくなる事があれば気心の知れた友人と語り、気が向けば酒を飲む事もできた。私はもし死ぬ前の数年間が今とわかっていれば、こんな風な老年期を暮らしたかったのだろう。そしてそれが与えられたのだ。

木漏れ陽の射す公園のベンチで本を開いて、ウトウトしていた。心地よい眠りだった。その時、現実の朝がきて、目が覚めた。

NHKの「龍馬伝」を観ている。ざらついた画面やカメラワークも新鮮で、良いできだと思う。そういえば昨年の暮れ、「坂の上の雲」も始まっていた。この国のかたちを変えたいという熱い意志の時代、司馬遼太郎は日本近代の青年期が本当に好きだったのだろう。この国は今、老年期にある。あの頃のように西洋という手本があるわけでもなく、先が見えない。それらのドラマは、現代のそんな状況を反映しているのだろうか。

あの変革期を担ったのは、今の100万にも満たない年収で暮らし、将来への希望もない下級武士だった。しかし西郷隆盛の言葉を借りるまでもなく、あの頃もまた利権まみれで、近代化は来日した西洋人が「ヨーロッパよりもはるかに自由を感じる」と書いた江戸の庶民を、単なる労働力や兵力に変えていった。しかし閉塞感の真只中にいた人々には、老年期の江戸は単なる近代への幼年期の終わりにみえただろう。

老年期には老年期の愉しみがある。もし私が江戸後期に生きていたなら、今と同じように「戦国時代に生まれなくてよかった」と思いながら、古本屋をやっていた事だろう。「一日3合の酒さえ飲めればいい」と言い、その頃の読み物や浮世絵に囲まれて暮らしていただろう。この季節になれば亀戸の梅を観、向島の桜を眺め、落語でも聴きにでかけていた事だろう。

未来への漠然とした不安や恐怖は為政者には都合の良いものだ。人を奴隷にする事ができる。閉塞感は人から寛容さを奪い、精神の解放を失わせていく。映画「絞死刑」で大島渚が「国家は悪で、個人は正しい」と語った頃よりもずっと、厳罰主義は進んでいる。監視社会では人は醜悪になっていくばかりだ。この世界の未来のかたちはみえない。それは個人の精神の在り方次第で、どのようにもなる可能性があるという事なのだ。

K、体調はどうだ。大丈夫か。桜の花が咲く頃に、また飲もう。

Yの芝居を観た。進化してるな。どんな形でもいいから、ずっと書き続けてほしいものだ。でもね、台詞に俺の名前を使うのはやめてくれ。コートのポケットに、ワインの瓶を入れておいて本当に良かったよ。
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by nakagami2007 | 2010-02-27 14:52