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実店舗閉店への道3

もう少しで、閉店の後始末とネット販売再開の準備も終わります。12月は店舗とネットの仕事を続けながら、残す品、他店に売る品、他で再利用してもらう品、完全に処分する品の種分けにひたすら追われていました。たてばに処分するにもビニールを剥がすなど細かい作業も数多くあります。何とかすべて自力でと思うのですが、前回の移転の時などもそうですが、何かある時にはいつも助けてくれる誰かがいてくれて本当に感謝しています。

閉店すると知って他の町からも何度も来てくれる方や初めて話をする方も多くいて、店売りの愉しみを再び味わう事もできました。猫たち(置物ですが)もほとんどが旅立って行きました。店売りとネット販売を両立させるのは難しい事です。仕入れた中に面白い品が10点あれば他を探す手間もなく、追われる支払いのためにもその日のうちにネットに出品し、何日かすればすべて通り過ぎて行ってしまいます。どうしても店のことよりもネットが優先になってしまいます。

閉店の日が近づくと「飲んでください」とお酒を置いて行ってくれる方も何人もいたのですが、酒持込みOKの金曜日は静かな夜になりました。酒はたくさんあるのに人の姿はなく、片付けのピッチをあげていた遅い時間に日本酒を持った若い女性が現れました。時々見かける方で、しみじみと話しながら本当に良い酒になりました。閉店時間もとっくに過ぎた頃に花屋のTuちゃんが現れ、更にフラッと入ってきた「私はエグい男なんです」と言う面白い方もいて、結局何年ぶりかにSoのBarに流れました。終電はとうに過ぎ「今日くらいは送れよ」と言っているうちにお客はどんどんと増え、帰ろうとすると「今日くらいはカッコつけさせろよ」とポケットにタクシー代を。So、それはカッコつけすぎだよ。

最終日の27日は片付けも急ピッチで、店の撤去工事の事でもお世話になった商店会のTeさんが処分する品の多くを引き受けてくれました。慌ただしい日でしたが、夕方に去年再会した高校の同級生でD通のS君がきてくれました。いまだにM美大学院にいるTa君はG大から漫画家になった友人、版画家の彼女、私と同年齢の写植職人の仲間を連れて現れました。この店で一番多く話をしただろう自由人のC、アニメーターのKoさん、商店会の中華屋さん、近所のクレープ屋さんの娘がツマミなどを持ってきてくれ、母は生ビールをを差し入れてくれました。気がつくとよく見かけていたお客の方の笑顔もみえて、楽しい最後の営業日になりました。

29日は最後に処分する品をたてばに持って行ったり軽自動車に何本かの本棚を積んで、その後の準備も順調。年明けの2日から日曜以外は本格的な片付けに入り、一日3往復の本と本棚の運搬も9日には終了、木の棚などは細かくしてゴミに出したりしている10日に廃品回収の軽トラックが通りかかったので、残っていた本棚や小型の冷蔵庫など積めるものはすべて持って行ってもらいました。軽トラの威力は凄いです。

12日の月曜日にスチールの机と家具型のステレオを粗大ゴミに出して終了。自宅のネット開通の工事日が20日のため残しておいたパソコンと捨てることができないブロックだけが残った店で、年明けに一度この場所で飲もうと言っていたSoに電話をいれるとあちこちに声をかけてくれたようでした。ガランとした店の床のブロックに腰かけてCとHとビールを飲んでいるとSoの親父のデザイナーのKuちゃん(親父だが私よりも若い!)、花屋のTuちゃん、美容師のNちゃん、反骨公務員のKasさん、中華屋のKarさんが顔を出し、その後SoのBarへ。酔いました。商売としてはうまくいかなかったけれど、面白い連中がいてここで店をやってよかったと思えるきっかけをつくってくれたSoとCの幼なじみで画家のSiからはBarに電話があったようです。ごめん、酔ってまったく覚えてないけど感謝してる、ありがとう。

その後もやっておかなくてはいけない雑事をひとつひとつ片付けて、19日は商店会で最後の新年会兼送別会。会場の店に行くと、いつも酔っ払っていてあちこちの店で出禁になっている女性からの置き手紙を渡されました。引っ越してきたこの町で「不思議(変)と思われてるけどあなたも? いてくれてありがとうございました」というようなことが書いてありました。閉鎖的で変化のない町です。そしてどの店もいずれは退去する日がくるだろうから、言いたいことは言っておきました。コンクリートの床を壊し、壁の色まで元どおりの完全なスケルトンを求める公団のマニュアルは今の時代にはまったく合わないと誰もが思います。簡単には変えることはできないだろうけど、粘り強く交渉するしかありません。個人商店はこれからますます縮小していくだろう時代に、やめるにも膨大な費用がかかってはその後の未来も闇です。今週中には撤去工事も終了するので、今は来週の立ち会いで問題がない事を願うしかありませんが。

この27年間ずっと一緒にいたロッキンチェアーは、日本中を旅して一番お気に入りの場所だった穂高で家具職人をしている従兄弟に作ってもらった最高の品です。しかし本だらけの部屋にはもう物を置く場所もなく、置けたとしてもただそこにあるだけでは意味もありません。結局、Soの店に旅立たせる事にしました。これからもずっと面白い連中を見続けていってくれる事でしょう。ふと思いおこすと、よく見ていたあの人はどうしているのだろうと閉店までに会えなかった方たちの顔が浮かびます。またどこかでお会いしましょう。それまで元気でいてください。
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by nakagami2007 | 2015-01-23 17:46
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