<< 15歳の夏休み 突然の猫の死 >>

猫町に行った日

猫のいない日々はさみしい。結局、すぐに生後3ヶ月位の牡がやってくる事になった。これまでに偶然出会い、つきあうことになった何匹かの猫たちは、不思議と妙齢の牝ばかりだった。若い男とはつきあった事がない。やってきた猫は手足と顔が妙に細長く、鼻が大きくて茶色だった。可愛い仔猫の時期は過ぎていて、不細工で頭も悪そうにみえる。その馬鹿っぽさがどこかガクトというミュージシャンに似ているので、名前はガクにした。
若い牡とのつきあいは、これまでとはまったく違っていた。来たその日から足に飛びついてくるし、背中にも登ってくる。指に噛みつきながら、執拗に猫パンチと猫キックを浴びせてくる。トイレや風呂にもついてきて、ドアの前でずっとないている。手の届かないとんでもない場所に入りこんでしまうし、猛烈な勢いで走り回る。そしてくるくると転がりながら、あちこちに頭をぶつけて、ますます馬鹿になっていくようなのだ。

騒いで、食べて、寝るの繰り返しなのだが、こちらの時間と噛み合わないと大変な事になる。なにしろ、少し寝るとすぐに体力が回復してしまうのだ。何度も丸めた紙を放り投げたり、手などをうろうろと動かしている内に、観ていた映画はとっくに別のシーンに変わっている。もう寝ようと布団に入っても、容赦なく足を噛んだりしてくるのである。
しかし仕事にでかける前の布団でゴロゴロしている時間は楽しい。猫は人の手が相手のプロレスごっこをしている内に疲れてきて、腹や足にもたれてうつらうつらしている。こっちはそれから、そのままの格好で昨夜の読みかけの新聞や漫画を開くのだ。これはもう小学生の夏休みである。こんな時の漫画は「とりぱん」がいい。「猫模様の青虫の話」や「生ゴミから生えて来た瓜を食べる話」などを読みながら、ますます夏休み気分に浸れる。そうこうしているうちに、こちらも救いようのないダメ人間から、いい感じの馬鹿になってきたような気がしてくるのだ。

ここに引越す前に住んでいたのは、今どき珍しい引き戸の安アパートだった。裏はブロック塀になっていて、その隙間に縁台を置いていた。休日のある日、飲み屋のマスターが遊びに来た事があった。昼間から飲んでいると、ブロック塀の上からこちらをじっとみている猫に気付いた。マスターが持って来た刺身を縁台に置くと、降りて来て狂ったように食べ始める。きりがないので網戸を閉ると、その一番上までよじ登り必死の目でこちらを見続けていたのだった。
それから、そのブロック塀の上が野良猫たちの通り道になった。しかたがないので、乾き物の餌を縁台においておいた。その頃は今のように物騒なこともそうなかったので、部屋は網戸のままにしてあった。部屋の畳に靴のどろ痕がついていたり、ブロック塀をよじのぼる痴漢らしきと目があったりというちょっとした事件もあったのだが、別に盗まれるような物があるわけでもない。最初に来た猫だけが、いつか勝手に網戸を開けて入ってくるようになっていた。

その頃は仕事が終わった深夜、よく飲みにいっていた。その日はたまたま部屋で飲んでいて、午前3時過ぎ頃だったかコンビニに行きたくなった。引き戸を開けるとアパートの前の車が2~3台位置けるスペースとその回りに、数えきれないほどの猫がいた。この町のどこにあんなにたくさんの猫がいたのだろう。その猫たちが一斉に、こちらをみた。あの日あの時、確かに猫町にいたのだ。飼い猫が幸福で、野良猫が不幸という事はない。すべてが管理された社会に救いがあるわけもない。そこにも差別や暴力や飢えや病いはあるのだ。人の住む町と重なりあってある猫町と共存できない人間が悲しい存在というだけである。
そんなある日、帰宅をするとベッドの掛布団の下で何かが動いていた。気味が悪かったがあけてみると、そこにはいつもの猫と今産まれたばかりらしい4匹の子猫がいた。そのまま掛布団をかけると、それからしばらくは炬燵で寝ることにしたのだった。

それからは猫町に迷いこんだ事はない。時々、近所の城山の太った猫たちや競馬場の近くの分倍河原の痩せた猫たちに会いに行く。
前の安アパートの近くには一ツ橋大学があり、そこに住んでいるらしい狸が深夜、住宅街を散歩しているのを何度か見かけた事がある。今住んでいる多摩川の近くでは、尻尾の大きいイタチらしい親子が、のんびりと道路を横切っていた。岐阜や京都の役所の事件が新聞を賑わしている。テロの脅威が米英の、靖国参拝が中韓の政権を強固にするのだから皮肉だ。長野の選挙もボクシングの試合を観ても金と利権しか感じられない。失うものが大きいほど、人は逆上する。この国自体が「銭形金太郎」になっても、そこに歌と踊りと笑いがあれば、それでいいんじゃないか。
猫と遊びながら最近観た映画、「レボリューション6」「ボブ・ディランの頭の中」「さよならCOLOR」「リンダ リンダ リンダ」…終わらない歌をうたおう、くそったれの世界のため…  

      '06.8.12
[PR]
by nakagami2007 | 2006-08-12 14:20
<< 15歳の夏休み 突然の猫の死 >>