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本の行く末

物書きのT君はワンカップの焼酎を片手にたまに本を売りにくる。物書きのような事をしているが、まだ一冊の本になった事はない。ジョイスの研究をしているようでは、売れる作品が書けるとも思えない。いつも2杯目の焼酎を飲んだ頃から話がくどくなり、堂々回りになってしまう。そのしつこさは物書きの資質としては必要なのだろうが、回りはたいてい閉口してしまうのだ。しかしそれは自信と不安が屈折して同居しているフリーランスには普通にある。むしろ、それらをすべて隠してただのスタイルに変えてしまう、クリエイティブバカは始末に負えない。だがこの社会は、そういう奴が成功するのが常だ。そこには興味の持ちようもない。T君はそのうち、ここにも何か書いてくれる事だろう。

去年の暮れ、そのT君がいつものようにワンカップを片手に顔をだした。そして「隣町のD書店が廃業するので、閉店後に行ってみましょう」と言う。D書店はサブカルチャー系の品揃えが充実していて、酒も飲める特色ある店だった。もう営業自体は終了しているが、他の古書店で使える品があれば売り値の半額で譲りたいという話だった。専門色の強い店の値付けでは、こちらが仕入れられるような品があるとは思えなかったが、やめていく古書店の店内と残された本には興味があった。早めに店を閉めて行ってみる事にした。そう、また一つ古本屋が消えたのだ。

店主と待ち合わせて、シャッターを開けてもらった。灯りがついた店内はまだ営業していた時と変わらずにきれいに整理されていたが、どこか寂寥感が漂っていた。今では店売りだけでやっていける古書店はまずない。そしてインターネット上には現在の在庫状況の情報が溢れている。古書店にあるネット上で使用している品で残っているのは、需要が少ないか値付けが高いかのどちらかしかない。興味のわく品を手にとってみると、どれもついている価格の半額程度が実際に売れる値段のようだった。それでは儲けがでるわけもないが、ほしい品をいくつか抜いていくと、あっという間に何万にもなった。

シャッターがあいているので、常連客だったらしい数人が入って来て、奥のカウンターで酒を飲み始めた。こちらも消えゆく古書店の書棚を眺めながら飲んでいたかったが、車では仕方がない。なにしろ少しずつ他の古本屋が仕入れていったとしても、膨大な本が残っているのだ。まとめて引き受ける店はないし、それらは二束三文でどこかに消えていく。本の行く末を思うと、その日はそこで飲んでいたかった。まとめて安く譲れる品もあるのでまた来て下さいといわれていたが、支払いに追われる自転車操業の日々では行く事ができなかった。

それから数カ月もたって、D書店の店主から「ようやく整理がついた」と連絡があった。そして残されたまだ使える雑誌類や梱包材、サービス袋を持って来てくれたのだ。これまで付き合いがあったわけでもないのに、有り難かった。今度この店で飲みましょうと言ったが、それはまだ実現はしていない。本の行く末は気になったが、人の行く末はたった一つだ。今日もまた売れそうな本を探している。そんな日々に店の棚の隅で放哉と山頭火の本をみつけたので開いた。その中のいくつかの句を適当に書き出してみた。

尾崎放哉
 一日物云はず蝶の影さす
 底がぬけた杓で水を呑もうとした
 淋しいぞ一人五本のゆびを開いて見る
 なんにもない机の引き出しをあけて見る
 釘箱の釘がみんな曲がって居る
 障子しめきって淋しさをみたす
 とんぼが淋しい机にとまりに来てくれた
 月夜の葦が折れとる
 入れものがない両手で受ける
 淋しい寝る本がない
 墓のうらに廻る
 背を汽車通る草ひく顔をあげず
 咳をしても一人
 淋しいからだから爪がのび出す
 たった一人になりきって夕空

種田山頭火
 うしろすがたのしぐれてゆくか
 捨てきれない荷物のおもさまへうしろ
 この旅果てもない旅のつくつくぼうし
 分け入っても分け入っても青い山
 まっすぐな道でさみしい
 何でこんなにさみしい風ふく
 こころむなしくあらなみのよせてはかへし
 酔うてこほろぎと寝ていたよ
 酒飲めば涙ながるるおろかな秋ぞ
 うれしいこともかなしいことも草しげる
 歩くほかない秋の雨ふりつのる
 ほろほろほろびゆくわたくしの秋
 おちついて死ねさうな草枯るる
 いつまでも死ねないからだの爪をきる
 どうしやうもないわたしが歩いている

ここには何もない、そしてどこにもない。
IT'S ONLY LIFE、たかが人生。
 
by nakagami2007 | 2008-05-16 13:40
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