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いつものように夜の11時頃に部屋のドアを開けると、横になっている猫がみえた。いつもはいない場所だ。「どうしたんだ」と顔をみると、目の下が目ヤニで黒くなって涙目になっている。一目で危ない状態だとわかった。昨日はお気に入りの高い場所にいたが、今朝はベッドの下で背を向けていた。この2日位、元気がないようにみえたが、そんな事はよくある。機嫌が悪い時もどこかに隠れているのが好きだ。何日かすればいつもまた元気で、機嫌良く炬燵の上の食卓をのぞきこんでいたのだ。こんなに急速に悪くなる事があるなんて、思いもよらなかった。水を持って来ても飲む事はできず、さわられる事も嫌がった。病院にいこうにも深夜ではどうしようもない。
いつも昼前に食事をして、その後は帰宅まで食べる事はない。とりあえずビールとつまみを用意したが、猫の姿をみるとそんな元気もでない。振り向くとよろよろと立ち上がり、こちらの方へ来ようとする。しかし後ろ足がもつれて数歩で座り込む。もう一度立ち上がったが、部屋の前でまたぐったりとしてしまった。前の猫の最期の日を思い出していた。とてもみていられないので、座布団にのせて、よく寝ている場所に連れて行った。テレビではバラエティをやっていたが、楽しめるわけもない。寝る事もできないので、煙草を肴に日本酒を飲んでいた。夜が明ける頃、いつのまにか硬直が始まっていた。 前の白の長毛の猫が死んだのは8年前の晩春だった。それからしばらくして、随分と久しぶりのお客が「猫は元気」と顔をだしてくれた。死んでしまった猫の話をすると、「うちの子をもらってくれないか」といわれた。チンチラのゴールドとシルバーの子だという。他の子猫はもらわれていったが、一匹だけ大人になって残っていた。団地暮らしでは外猫にするわけにはいかない。野良のような生き方をしてきた猫を家猫にしてしまうのは可哀想だ。前と同じ白の長毛種なら問題はないと思った。ドアを開けていても、外にでようとはしないだろう。 猫を連れて帰った夜、すぐに猫は姿を消した。狭い部屋なのにみつからない。それから何日も用意したトイレを使用した形跡はなく、食事をした痕もなかった。このままではどうしようもないと困り果て、もう返した方がいいんじゃないかと思い始めた頃に心配したお客が顔をみせた。「申し訳ないけれど、無理かもしれない」というと、「こちらこそ、申し訳ない」と話をしてくれた。親猫と折り合いが悪かった事、部屋の改築で人の出入りが多かった事や人のいる場所には親猫がいたせいか人嫌いである事、食事やトイレもずいぶんと神経質だという事、首に腫瘍のようなしこりがある事と何やら問題が山積みだった。 初めて食事をとった痕とトイレを使った痕をみた時は本当にうれしかった。触らせくれるような事はなかったが、それからは少しづつ姿をみせるようになった。長い時間をかけて、ようやく人からみえる場所でも眠れるようになったきたようだった。いつのまにかいびきが聞こえるようにもなった。 その頃はパソコンを始めたばかりだった。今のように売り上げのほとんどをネットに依存しているわけではなく、店の赤字分をネットで補填しようとしていた。店では店の作業をし、パソコン作業はすべて帰ってからやる事にしていた。帰って軽い食事をし、それからウイスキーをちびりちびりとやりながらパソコン作業をした。その時間になるといつのまにか猫が足下に来て、つきあうようになった。まだ手で触られる事は嫌がったが、足で首のあたりを触るとうれしそうにするようになった。 それから8年がたった。来た時には既に大人だったが、死ぬ日まで変わらずに美少女のままだった。酔って抱きしめたり、一緒に布団に入るとご機嫌斜めになる。不満があるとトイレの横でおしっこやうんこをしょっちゅうする。食事も嫌いなものばかりが多く、食べられるものでもすぐに飽きてしまう。しかしいつか気付けばすぐ横で仰向けに腹を出し、両手を幽霊のように胸のあたりにおいて寝ていたりするようになっていた。一杯やって寝ようとすると枕元で爪とぎをし、首のまわりを触ってくれといってくるのだった。 休み明けの朝、飲み過ぎの寝過ぎで腰のあたりが痛かった。うつらうつらしながら寝返りをうっていると、足に毛が触れた。布団の足下に猫がいたのだ。お気に入りの場所はしょっちゅう変わるのだが、布団の上には、こちらが起きた後にのるのが常だ。その時にはもう変調があったのだろう。一度位はこちらから一緒に寝てやるかと思ったのだろうか。 7月7日明け方、永眠。猫は不自然な人間と違って、死ぬ時も自然だった。思い出せば朝起きた時も、着替えをしている時も、帰った時も、酒をとりに行く時も、何かをするたびに視線の中にいた。そこに寝ているだけで楽しかった。店にくる前に、前の猫の眠っている寺に連れていき、最後のお別れをした。 猫は友人でも彼女でも家族でもない。猫は猫である。犬は人になるが、猫の前では人が猫になるのだ。どちらも我が侭で気侭で、時には互いに鬱陶しかったり怒ったりもしたが、なくてはならない最愛の仲間だった。 '06.7.7 ■
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by nakagami2007
| 2006-07-07 14:19
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